ミニ講座






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     観音信仰   (地三号  昭和二十四年四月二十日)



人間生活に於て何事もそうであるが、特に観音信仰に於ては円転滑脱自由無碍でなくてはいけない。円転
 
とは丸い玉が転がるといふ意味であるから、角があっては玉が転がらない。世間よくあの人は苦労人だから

 
角が除れてるといふが全くその通りである。処が世の中には角処ではない、金平糖のような人間がゐる。斯

 
ういふのは転がる処か、角が突っかかってどうにもならない。そうかと思ふと自分で型を作ってその中へ入

 
り込み苦しむ人もある。それも自分だけなら未だいいが、他人までもその型の中へ押込んで苦しませるのを

 
いいと思ふ人があるが、之等は小乗的信仰によくある型で、所謂封建的でもある。斯ういふ行り方は信仰の

 
上ばかりではない、社会生活に於てもカビ臭くて、鼻もちがならない。



そうして自由無碍といふ事は型や枠を造らない、戒律もない、天空海かつの自由で、無碍もそういふ意味

 
である。ただ自由といっても我儘主義ではない、人の自由も尊重する事は勿論である。



観音信仰は大乗信仰であるから、戒律信仰とはよほど違ふ点がある。然し戒律信仰は、戒律が厳しい

 
から仲々守れない、止むなくつひ上面だけ守って蔭では息つきをやるといふ事になる。つまり裏表が出来る

 
訳でそこに破たんを生ずる。と共に虚偽が生れるから悪になる。此理によって小乗信仰の人は表面が善で、

 
内面は悪になるのである。それに引換へ大乗信仰は人間の自由を尊重するからいつも気持が楽で、明朗で裏

 
表などの必要がない従而、虚偽も生れないといふ訳で、これが本当の観音信仰であり、有難い処である。

 
小乗信仰の人は不知不識虚偽に陥るから衒ひたがる、偉くみせたがる、之が臭気芬々たる味噌になって

 
甚だ醜いのである。そればかりか反って逆効果となり、偉く見えなくなるものである。小人といふのは斯う

 
いふ型の人である。



又斯ういふ事がある。私は普請をする時にはいつも職方と意見が異ふ。どういふ訳かといふと、職方はた

 
だ立派に見せようとするので、それが一種の嫌味になるから私は直させる。人間も右と同様で偉く見せない

 
ようにする人はすべてが謙遜となり、奥床しく見えるから、そういふ人は心から尊敬されるようになる。故

 
観音信者は心から尊敬される人にならなければならないのである。





  所謂、迷信の解剖  信仰は飽く迄冷静に  (光九号  昭和二十四年五月十四日)



ともすれば、本教団に向って迷信の言葉を浴せるが、一体迷信の真の意味は何であるか、これを解剖して
 
みよう。

 
勿論、迷信とは正信の反対である、とすれば迷ひ迷った揚句、正しからざるものを正しいと誤り信ずると

 
いふ事であるが、その正しからざるといふ意味は果してどういふ解釈であらうか、之を先づ徹底してみよ

 
う、例えば信仰上利益のないものを利益のあるように思はせたり病気が治るように見せかけてその実効果

 
がなかったりその宗教の創始者である人物を特別に生神様の如く信じさせたりするがその実は普通の人間

 
であって巧妙な作為でそう思はせやうとする等である、以上は勿論迷信の説明である。



処が病人に対し、医療が治ると請合ふので患者もその医師に絶対の信頼を置き、多額の費用や長い時日を

 
費したる結果、予期に反し治らないばかりか死の転機にまで及ぶといふ事も、又年年多額の国帑を費し、結

 
核療養所を数多く作り、大いに努力するに係はらず、事実は更に結核患者が減らないに拘はらず、何時かは

 
解決さるるといふ、頼りない希望を以て継続しつつあるといふ事も、厳格なる意味からいえば立派な迷信

 
あらう。然し之等は患者が医学を迷信するよりも、医家が医学を迷信してゐるといふ方が当ってゐるかもし

 
れない、いはば善意の迷信である。



処が同じ迷信といっても計画的に人を騙すのとは大いに異り実際は良心的に社会人類の為に尽すといふ動

 
機善であるから非難する事は出来ないが、実を言ふと此善意の迷信は、其迷信者自身が可なりと思ふ強い信

 
念がある以上、多数者を同化する力も強いので寧ろ社会に与える弊害は大きい訳である。

 
以上の理によって本教を解剖してみる時、本教が行ってゐる救の業は、言ふ処と行ふ結果とに些かの矛盾

 
がないばかりか、寧ろ言ふ以上の良果を挙げてゐる以上、迷信の言葉は当らない。



ただ今日まで本教の救の如き素晴しい例がなかったから信じられないだけの事である、人間は凡て経験に

 
ない事は信じられないといふ弱点があるが、之もまた致し方あるまい、処が始末の悪い事は、一犬吠ゆれば

 
万犬之に習ふといふ諺の通り、少し信用ある人が些かも触れてみた事のない癖に非難の言を発すると、群衆

 
は附和雷同するといふ群衆心理で、之が厄介千万である、然しながら本当のものは如何に抑えつけられて

 
も、非難されてもそれは一時的で、遂には世の信頼を受ける事になるのは真理である、「信ぜよ、さらば与

 
えられん」といふ事や「信じなければ利益がない」などとはよく言はれる言葉であるが、本教に限ってそう

 
いふ事は決して言はない、寧ろ反対に大いに疑へと言ふのである、何となれば初めから何等の利益も認めな

 
いのに信ずるという事は己を偽る事である、何程疑って疑り抜いても疑り得ない真とすれば、信ぜざるを得

 
ない事になるのは当然である、そうして本教には特に奇蹟があり利益があり過ぎる程である、本教の発展が

 
何よりもそれを證拠立ててゐる。



然し斯ういふ事も心得ておかねばならない、世の中には一の利益があると、三にも四にも拡大して有難が

 
る人があるが、これも本当ではない、いはば利益の魔術にかかるので、この点よく間違い易いのである、故

 
一の利益あれば一だけ信じ三の利益あらば三だけ信じ十の利益があれば初めて絶対的信仰に入ればいい

 
である、信仰といえどもいささかの不合理も許されないからである。



今一つ注意すべき事は信仰は飽迄冷静を保たなければならない有難さのあまり熱狂的となり常軌を逸す

 
る人が往々あるが、斯ういふ信仰こそ盲信であり狂信であって、斯様な信仰者を第三者から見れば、其宗教

 
を疑わざるを得ない事となり反って救世の妨害者としての罪を犯す結果となるから、大いに慎しまなければ

 
ならない、従而正しい信仰はどこまでも常識的品位を損せず世人から尊敬を受けるように

 
すべきである。






     宗教事業と社会事業   (光十号  昭和二十四年五月二十五日)



社会各方面を観る時、官と民による社会事業は種々あって相当社会の福祉に貢献しつつあり、特に宗教を

 
背景とした社会事業はより効果がある事も勿論である、ただ然し民間の力では届かない処の結核療養所(私

 
設も幾分はあるが)や民政事業の如きは政府の力による外はない、其他半官半民の赤十字、養老院、養育

 
院、癩療養所の如きは何れも社会の欠陥を補足している事は充分認め得らるるのである。

 
処が今私の言はんとする処のものは宗教事業であって、之は未だ余り聞かない処のものである、例えば吾

 
等が今行はんとする結核療養所の如きは従来試みられた事のない神霊による信仰療法を基礎とした科学を超

 
越したもので、之によって日本から結核を追放してしまはうといふ信念の下に今や着手しつつあるのであ

 
る、何れは驚異すべき成果を挙げるであらう事も、今より予想し得らるるのである。



次に、無肥料農業であるが、之は再三雑誌や新聞に載せたから略すが無肥料で有肥料よりも驚くべき好成

 
績を挙げ得る事で、目下数万坪の土地を開拓中である。

 
次に、日本美術の世界的進出を目指して目下計画中のものもある、勿論絵画彫刻は固より凡ゆる美術工芸

 
品や建築造園等に至るまで、日本美術の海外紹介所ともいふべき、日本建築の粋を蒐めた建造物の設計中で

 
ある、完成の暁は外客は無論であるが、日本人自身も青い鳥の発見によって今更ながら驚くであらう。

 
以上の如き事業の外未発表の諸々の企画もあるが、何れも新機軸のものばかりである、何となれば吾等の

 
主義とする処は既に前人の計画や実行に移したものは、その人に委しておけばよく、別に吾等が実行の必要

 
はないからである。



勿論、今後社会人類の福祉を増進すべき線に添ふての種々の新企画を漸次発表するつもりである。

 
最後に社会事業の根本意義を書いてみよう、社会事業とか慈善事業とかいうものは、成程ないよりはマシ

 
であるが、端的にいえば一時的救済であって、根本的永遠性のものではない、何となれば社会の敗残者、無

 
縁故者、難病者等の生存を保障するだけで畢竟消極的救済であるから、結局に於て国家の負担となり、マイ

 
ナスであるからである。

 
故に真の救済事業は積極的でなくてはならないが、実は今日迄言ふべくして行はれなかったのである、そ

 
れにはどうしても力ある宗教が当らなくてはならない、之で真に救はれたとしたら、第一本人の幸福は固よ

 
り、それに要する社会事業費も減殺されるばかりか、今度は反対に社会に利益を与える人間になるから、一

 
挙三得という訳である。



以上のような救済こそ、宗教の真の使命であって、即ち吾等が唱える宗教事業である、然るに既存の宗

 
教に於ては、遺憾乍ら前述の如く積極的救済が行い得なかったが為、次善的社会事業によって存在理由を標

 
榜していたのである、又当局も社会も、宗教は無力であるが、せめて社会事業を行うからとの理由で容諾し

 
ているというのが、今日の現実であろう。

 
故に、本教としては、社会事業の如き消極的救済は他の機関に委せて積極的独自の救済を以て社会改善に

 
役立つべき覚悟である、之を称して宗教事業というのである。

 




     本教と社会事業     (栄百七十一号  昭和二十七年八月二十七日)



よく本教へ対して、メシヤ教は割合社会事業に冷淡だが、どういう訳かと訊く人があるが、之は実に可笑し

 
な質問であると思う。今それを詳しくかいてみるが、本来宗教と社会事業とは、似て非なるものである。何

 
となれば宗教は精神的救いであり、社会事業は物質的救いであるからである。といっても実際を見れ

 
ば、今日少し大きい宗教になると、其殆んどは社会事業を経営しており、それが一般常識となって了ってい

 
る位で、本教がそう見られるのも無理はないが、然しよく考えてみると、何程立派な宗教でも肝腎な宗教的

 
救いの力がないとしたら、止むなく第二義手段として、社会事業を行るより外意義はないであろう。つまり

 
社会事業によって宗教的無力をカバーする訳である。然しそうはいうものゝ現在の如く救済を要する不幸な

 
人々が、あり余る程出て来る社会としたら、理屈はどうでも早急に大量に救わなければならないのは勿論

 
で、其点からいうと宗教を背景とした方が効果的であるから結構といってもよかろう。然し本教に至っては

 
そういう宗教とは根本的に異っているので、其点詳しくかいてみよう。



それは何かというと、本教の方針社会事業の如き末梢的救いは、他の機関に委せておけばいいとして、

 
本教ならでは出来ない救いを実行するのである。恰度犯罪者の取締りに対しては、警察も牢獄もなくてはな


らないと同様の意味が社会事業であろう。つまり現われた結果を対象としての手段であって、言わば膏薬張


りにすぎないのである。従ってどうしても犯罪の根本に遡(サカノボ)って根原を除かない限り、真の解決とは


ならないのである。処が其本源が分らない為か、分っても其方法が物質以外の、嫌いな宗教であるからでも


あろうが、相変らずの手段を繰返しているに過ぎないのである。では其方法とは、言う迄もなく人間の魂


の入れ替えである。悪玉を善玉にする事である。近頃医学でもよくいう病気になってからではもう遅い、


どうしても発病しない内に方法を講じておくのが本当だ、つまり予防医学と同様であろう。処が本教は自由


に魂の入れ替え即ち魂を善化する事が出来るのである。それが本教の浄霊法であって、何よりも本教刊


行の栄光新聞の御蔭話を読めば、思い半(ナカバ)にすぎるであろう。毎号病気、災害、貧乏から救われた幾多


の奇蹟が満載してあり、一読驚異の外ないものばかりである。而もそれが日に月に漸増しつつあるので、近


来は紙面の狭隘(キョウアイ)に困っているのである。勿論其悉くが本人の手記になるもので、其感謝感激の情は


涙なくしては読まれない程で、中には若し本教を知らなかったら、今頃は社会事業の御厄介になっていたに


違いないと、述懐(ジュッカイ)する者すら少なくないのである。之こそ予防医学ではない、予防宗教である。そ


うして吾々の理想とする処は、社会事業の必要のない社会を作るにあるので、之が実現されてこそ真の文明


世界であろう。処が本著の説に従えば必ず実現するのであるから、如何に偉大なものであるかが分るであろ


う。



 以上の如く、社会事業を大いに必要とする不幸な社会としたら、現代文化のどこかに一大欠陥がなくては


ならない筈である。では其欠陥とは何かというと、他にも色々あろうが何よりも本教の如き驚異的に社会福


祉に貢献している救いに対し、政府も識者も知らん顔の半兵衛である。勿論気附いてはいるのであろうが、


察するに宗教なるが故にという取るに足らない理由でしかあるまいから、之が抑々の盲点である。医師に見


離された病人がドシドシ治る事実だけに見ても、良心ある者ならジットしては居られない筈である。それを


精神作用位に片附けて了い、進んで研究しようともしないのであるから、何といっていゝか言葉はないので


ある。



 序だから、本教が今度造った美術館に就ても一言したいが、之こそ立派な社会事業である。それは昔から


の名人巨匠が、苦心して作った日本の誇りともいうべき立派な美術品が、今日迄は一般人には見られなかっ


た事である。只仏教関係のものが、博物館や京都、奈良等の寺院へ行けば観られる位で、それ以外の国宝級


な貴重な美術品など、貴族富豪の邸内深く秘蔵されており、それも極く親しい者だけにしか観せないのであ


るから、つまり美術の独占であった。処が民主日本となった今日としたら宥(ユル)さるべくもない。という意


味で私は此弊風を打破し、何人にも気安く自由に観られ、楽しまれる美術館が必要と思い、長年念願はして


いたが、何しろ莫大な費用と、幾多困難な条件も伴うので容易な業ではない。というのは政府でさへ以前か


ら其様な計画はあったようだが、今以て手を染めない処をみても明かである。而も個人や団体としては猶更


そうであろうし、そうかといって企業的には採算が採れる筈もないから、之も見込はあるまい。処が幸いに


も私は宗教家である関係上、多数信徒の奉仕的援助も大いに与って、兎も角実現が出来たので、喜びに堪え


ない次第である。勿論国としての欠陥を幾分でも補い得ると共に、現在最も必要な社会事業の一つとして、


世間も認めざるを得ないであろう。そうして今一つの重要な事は、本美術館は位置といゝ、環境といゝ理想


的であるから、之から増えるであろう観光外客に対しても、日本文化の優秀性を紹介する上に於て、相当な


貢献が出来ると思うのである。





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 (お陰話)


一時は激しい苦痛 やがて浄化で治る  『救世』52号、昭和25(1950)年3月4日発行

                              岐阜県岐阜市長良中野 八光中教会 武藤花子(43)

 偉大なる御守護の程謹んで御報告申上げます。


 長男の嫁(現在二十歳)が妊娠の折産脚気を起し、以来産前産後を問わず常々不快の日暮しのため、その


間薬に医師に信仰にと救いを求めていたのですがはかばかしくなく、その上腰痛を覚えるようになり段々病


状は悪化の一途を辿り寝るにも敷布団を二、三枚重ねてもなお寝巻が背中に重なっている時など翌朝は全然


起きられず、午前中は床の中にいる有様でようやく起きても家事一切何事も出来ず、家内中は暗く前途に対


する不安は濃く楽しみなき日を繰返し、医師よりは脊椎カリエスの診断を下され懊悩の日々を医薬、灸鍼に


と焦りましたが、いずれも気休め程度に過ぎず何等効果なき折柄、昭和二十二年二月未義妹の奨めにより光


明如来様のお話を聞き長良の大野先生より御浄霊を受けましたが、こんな事くらいで治るだろうかと疑念を


持ちながらそれでも浄霊の都度気分も良くなり楽にもなるので通い続けました。


 先生は「今まで医薬で固まっていた毒がとけて来るから一時悪くなるかも知れぬがそれを通り越せば楽に


なるから」と申されたので前途に希望をもって浄霊を受けましたところ一週間程して腰が痛み出し、そのほ


か体の節々に苦痛を感じたが苦痛が過ぎた頃はとても楽になり、十何年振りで喜びの日を迎えました時の心


の中御想像下さいませ。直ちに夫婦とも入信して日々感謝の生活にひたり得たのであります。ところが丁度


その当時の事ですが長男が肋骨カリエスにて入院手術したのです。家族十三人で医薬費の要る月ばかり続き


前途が暗くその窮乏の中において手術を受けたのですが、経過も良好で退院の喜びを得ましたが、それも束


の間で再発の悲しみに閉ざされた折も折とて近所の人に「自分の弟もやはりその病気で再発して遂に死ん


」といわれその通りになるのではないかと不安に襲われましたが過去十何年の体験からしても医薬の無価


値を知りつくしていますので、今こそ光明如来様の御力にすがるより外ない事を思い、幸い御光もいただい


ているのでひたすら浄霊をしましたところ、四日程して今までは痛みを感じなかったのに両脇から背中、腰


部にわたって激痛を訴え出し「お父さんやお母さんはかえって悪くしたのだ」といいましたが「浄霊して痛


み出したのは治る力があるからだ」と嫌がるのを無理に毎日続け時には上の先生の御浄霊もいただきまし


た。



 その中に不思議にも自然に手術の傷口が開いて来て丁度切開してピンセットで切り口を開いたごとくなり


骨までみえ、内側には真赤な肉が見えその傷口からと再発の個所からとはドシドシ膿汁が出て、その膿汁は


化膿止めの注射薬の臭いがするではありませんか。薬毒の事もこれをもってハッキリ判らせていただきまし


た。十日ほど続出した膿が止むと徐々に傷口は閉じて来るではありませんか。こんな事はおそらく実際にみ


たものでなければ事実とは思われない事と存じますが、かような状態が三回ありましてからすっかり快くな


ったのです。財政的困難の折ではありましたが遂に本人にもお守様を受けさせました。


 長男も本年四月下旬十日間熱海十国峠に勤労奉仕させていただき、今では暗い性質であったのがすっかり


明るい人となり、弟妹に対する態度も変りまして偉大なる御修業させていただきました事を心から感謝して


おります。かくして私ども一家には最早医薬の必要もなく日々明るい生活が訪れて参りました。この海山の


御恩を思う時


     観音の 御救ひなくば吾は今  底なき沼に 悩みつづけむ


     御恵みに 報ひ奉らでおくべきや  生きし此身の 幸を思へば


 明主様の御讃歌の一句一句に涙が涌き出ずる次第です。






医師の失敗せる子宮癌の大手術 御浄霊にて救わる


                                                      『栄光』169号、昭和27(1952)年8月13日発行

                                             大阪府生野区猪飼野東  春光中教会 渡辺ミツエ(40)


 私昭和二十五年二月頃より下腹が脹るようで気持悪く思っておりましたが、大した事もないのでそのまま

 
にしておりましたところ、三月末頃より茶色がかったものが下り出しました。日の経過するに従い段々下り

 
物が多量になり、食欲不振、衰弱して行く様にありますので、近所の医師に診て貰いましたが、はっきりし

 
た事は分らず、警察病院へ紹介されました。診察の結果「子宮に小さい出来物が出来ているから取って調べ

 
て見なければ分らない。暫く通う様に」と言われ、それからというものは、毎日不安な気持で通いました。

 
 五月十五日出来物を取って貰い「子宮癌」と聞かされた時は、谷底へ突落されて行く様でした。医師は手

 
後れしないうちに手術をと勧められますので、医学を信じ、よくなりたい一心から手術をしました。手術は

 
順調よく五日目に糸を取って貰い喜んでおりましたが、一週間経過し十日経過しても、尿道より管を差し込

 
んで貰わなければ、尿が出ません。医師は、「手術後尿が出にくくなるが、出来るだけ自分の力で出す様

 
」と申されますので、色々と気分を変えたり、神様に念じ毎日毎日泣く様にして出す様努めましたが、一

 
滴の尿も出ません。手術して十八日夜半、尿の様なものが下ります。もしや膀胱を傷め、そこから尿がもれ

 
ているのではないかと驚き医師に様子を話しますと「別に心配する事はない」と言われるだけですが、段々

 
酷くなる一方で、尿道へ管を差込んで貰っても一滴の尿も出なくなってしまいました。

 
 助かりたい一心から手術をしたのに、反って動きの出来ない身体になってしまって、余りの情無さに、手

 
術の時、いっそ知らぬ間に死んでしまった方が良かったと思った位でした。手術後一カ月の時医師は退院し

 
てもよいと言われましたが、どうして、こんな身で退院出来ましょう。その儘入院致しておりましたが一向

 
よくなりませんので、手術して五十日目退院致しました。退院後は、肉体的精神的に苦しみは増すばかりで

 
した。



 ある日、知人に勧められて町の医師に診察を受けましたところ「医者の失敗です。膀胱に二カ所傷穴があ

 
ります。お気の毒ですが仕方ありません。出来るだけ好きな物を食べ、好きな事をして自分の身体の事は忘

 
れるように」と言われます。最後の一厘に希望をかけていた私は、あふれる涙を拭いもやらず、どうして帰

 
宅したのか分りませんでした。医師の無責任に憤りを感じましたが後の祭りの事とて如何様ともし難く、毎

 
日毎日が地獄の様な明け暮れでございました。八月初め義妹が「神様にお縋りしては」と申しますので半信

 
半疑の中にお願いし、信者の方より松下先生を紹介して戴きました。御浄霊を戴くうち今までにない身も心

 
も軽くなって行く様です。先生に有難いお道のお話を承り、ただただ救われたい一心から八月十六日妹達に

 
手を引かれ教会に参拝させて頂き、高垣先生より教修を頂き入信させて頂きました。



 それからは薬注射一切止めて、妹に連れられ教会へ参拝させて頂くのが楽しみとなり、家では日に二回、


三回と御浄霊を頂きました。お蔭で入信後軽い御浄化を度々頂き、食事も美味しく、少しずつ身体も楽にな


らせて戴きましたが依然として膀胱の傷は治りません。医師に見放された身体をこれ程元気にさせて頂き、


有難いと思いながらも、せめて今一度昔の様な身体になりたいと、自分の罪をお詫びして、一生懸命お念じ


申しました。「ただ一心にお縋りなさい。必ず神様は御救い下さいます」とおっしゃって下さる先生のお言


葉を頼りとし一心にお縋り申しました。十一月二十二日午前三時頃より右の横腹から腰にかけてひどい痛み


です。妹に浄霊を頂いておりましたが、段々激しくなり、寝ても起きてもいられず、夜の明けるのを待って


先生に来て頂きました。早速御浄霊を頂き、一時間程で痛みを取って頂きました。



 二十三日三時ちょうど前日御浄化を頂いた同じ時間にふと目を覚ましますと、尿の漏れがいつもより少く


御不浄へ行きたくなりますので行きますと尿道より尿が出ます。余りの嬉しさに夢ではないかと思い、一時


間程たって又行きました。膀胱からも漏れますが、やはり尿道から出ます。余りの嬉しさに思わず明主様、


大光明如来様(御神体)有難うございますと嬉し泣きに泣いてしまいました。



 この時の嬉しさをお察し下さいませ。半年ぶりに尿道より尿が出るようになったのです。天にも昇る思


い、到底拙ない私の筆では書き表わす事は出来ません。それからは嬉しさに寝られず夜明を待って高垣先生


宅へお電話で御守護頂いた事をお知らせ致しました。高垣先生、松下先生は御自分の事の様に喜んで下さい


ました。



 主人より妹と二人で御面会を頂く事を許してくれました。しかしその喜びの後に今まで一心に御面会を頂


きさえすればと思い、他の事は忘れ勝ちになっておりました私が、夢から醒めた様に未だ私は尿が半分漏っ


ている事に気が付いたのでございます。しかも三月十八日春季大祭は真近に迫っております。教会の先生方


は「御心配いりません。神様は宜しくして下さいます」と。しかし人事ではありません。又も私は「明主様


どうぞ御守護下さいませ」と一生懸命念ずるのみでした。ところが又々私は大御守護を頂いたのです。


 ああ明主様有難うございます。それは三月十五日朝より今度は何事もない様に完全に尿道より尿を出して


頂く事が出来るようになりました。しかも御面会三日前日であります。



 このようにして待望の十八日、初めて思いが叶い、明主様に御面会させて頂きました私の嬉しさは、どう


御報告させて頂いてよいのか全く感慨無量でございました。


 三月十九日無事御参詣を済まして下さった御礼参りに教会へ参拝し、その帰途、警察病院へ紹介して下さ


った医師の奥さんに偶然出遇い問われるままに有難い光明如来様のお蔭で救われた事を話しますと、不思議


そうに「手術の所がですか?」「本当に良くなられたのですか」と言われ、手術の時医師の失敗で膀胱にも


傷つけられ、尿道も切られ、医師達も助かる可能性はないと言われていた事を聞きました。今更ながら驚


き、二の句が出ませんでした。


 この時以後今日まで七回コーヒーの様な吐き物を出しましたが、その大浄化の都度神様は私を幸福にして


下さる為だと喜んですごさせて頂いております。


 明主様に霊体共に救って頂き、真の幸福者にさせて頂き、人様まで御助けさせて頂いてただただ有難さ勿


体なさに感激の涙に浸るのみでございます。


 明主様有難うございました。         (昭和二十七年五月二十七日)




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