簡 単 講 座




                      〔焦らず 怒らず 怠らず〕


         第 1 講    〔前 書 き〕
                                                     

   〔第 一 講〕

 前 書 き

 三つの世界による宇宙の構成

 夜 昼 の 転 換    

 大 自 然 の 法 則(霊 主 体 従) 

 大 自 然 の 法 則(霊 体 一 致)





  〔前 書 き〕


 これから簡単講座(基本的な学び)第1講を始めさせて戴きます。
 世界救世(メシヤ)教は物質文化の進歩と相俟って宗教的文化の建
設を促進
し、造物主の目的であり、又吾々人類の理想世界である地
上天国建設を目的とする
ものです。

 それでは地上天国建設とは、どういう事かと言いますと、要する
に世界人類から
病気貧乏を無くして、全人類が何の不安もな
く安心して暮す事の出来る世界、即ち
健康豊か平和な不幸者の
一人も居ない、幸福者ばかりの世界、また幸福者が作られ、幸福者
が聚(アツマ)る世界を造ろうとする事であります。



 そのためには、人間一人一人の肉体を綺麗にし、心を綺麗にし立
派なものにする。
肉体を綺麗にするのは、健康にする事で、心の間
違っているのは、心が病気なんで、心と肉体即ち霊体を健康にする
事は今まで出来なかったし誰もしなかった。


 心を治すのに宗教があり、肉体を治すのに医者があった。宗教家
も医者も何千年も前から一生懸命やっているが、人間は一向に精神
肉体共に健康にならない。反って反対に病気になる人間が増えつつ
あるのが現状であります。之は何処かに欠陥がなくてはなりませ
ん。こんなに段々ひどくなるというのは可笑しい。
こんなにひどく
不健康な人間が出来たというのは、霊体共に治す所の宗教や医学が
皆インチキだったから
で、もし本当のものが出来ていたら、もっと
結果がよくならなくてはならない筈です。



 そのインチキだった宗教や医学を本当のものにするのが、主神様
の御神意
であり、その為に生まれたのがメシヤ教であります。
当の宗教と医術を拵えて、人間を本当に健康にすれば、それで理想
世界である地上天国は出来ていく
のですから、その為には、大きく
言えば2つの改革を今後進めていくんであります。その2つとは、

『宗教改革』『医学革命』であります。この改革を押し進
めなくてはなりません。



 しかし人は嗤(わら)うでありましょう。そんなうまい話がある
はずはない
。過去数千年の歴史を見、又今日のこの世界の現状を見
る時、あまりにも現実とかけ離れた話ではないか……有史以来の文
化の変遷を見る時、そんな大転換が起り得るはずがない。また『宗
教改革』と『医学革命』とは、どういうことかと。"吾々は常識を
持っている"もし実現するならば、それは一大魔術である。催眠術
にかかってほんの瞬間だけの夢でも見なければそんな馬鹿な話が
ろうはずがない。だから世界救世(メシヤ)教は信じられない、と言
うのでありましょうが、これもごもっともな事であります。誰でも
最初は、ほとんど同様な考え方
をしております。この事は万人が万
人そう思うのは当然の事です。全く一大魔術であります。魔術でな
くて何でありましょう。



 しかしこの一大魔術を行うには、これを行うものがなくてはなり
ません。到底人の力ではこの理想世界は出来るものではありませ
。この大魔術者の本体を突込んで調べて見なくてはなりません。

この一大魔術者こそ観音様、即ち光明如来様、即ち五六七(みろ
く)大御神様であり、
救世主メシヤ様であり、主神様でありま
す。
この救世主メシヤ様が振われる御力によってこそ、初めてこの
理想世界が実現する
のであります。この御神力こそ生きとし生ける
者を救う力であります。即ち人類救済の一大神力が今日この現実世
界に出現しているのであります。



 これが要するに、造物主、即ち主神の目的であり、人類の理想
である処の地上の天国化
は、この救いの力をお持ちのメシヤ様の出
現によってのみ、初めて出来る
事を、先ず皆さんに知っていただき
たいと思います。そのための浄霊力であり、奇蹟であるわけであり
ます。



 飜ってみるに、この現在の実状のままで今直ぐ一大転換して地上
天国がもし出来るとしたら、それこそ人類はまことに好都合で何の
心配もありませんが、世の中には棚から牡丹餅式の旨い事はあるも
のではありません。地上天国という新しい理想世界が建設される前
は、どうしても今日までの旧世界の一大清算がなくてはならない

のであります。ちょうど新しい家を建てようとするには旧い家を一
旦破壊して、昔の土地はきれいに清浄化されなくてはなりません。

大震災などもその一例であります。

勿論旧い家の中にも役立つものも相当あるでありましょうから、そ
れはそれで残されるのであります。その
取捨選択はメシヤ様がおや
りになる
事は当然の事であります。故に人間においても、来たるべ
き新世界に役立つ者は残されるし、役立たぬ者は滅びる
のでありま
す。即ち吾々人間は、この来たるべき新世界に残される者、即ちこ
の世界に役立つ者として生き残らなければなりません。即ち旧世界
(地獄世界)から新世界(天国世界)への切替時が今日来たのであ
ります。キリストの言った「世の終り」とか、又「最後の審判」の
時が今や切迫して来た
事を思わせるのであります。



 我々を含め全ての人間は、すべての過去の過ち、即ち意識的、無
意識的のもの、又は祖先伝来の過ちを改め、百八十度の転換を行
い、そうして
神様の御眼鏡に叶った、即ち神を畏れる、立派な、
しい人間に
ならなくてはなりません。それにはどうしても正しい神
様を信仰するより外に方法はない
のであります。その神様の御眼鏡
に合格する人としての資格とは、病貧争絶無の世界に生存が出来得
る人間でなくてはなりません。


即ち具体的に言えば、病気のない真の健康人とならなければなりま
せん。又
貧乏から脱けた人間和を好み争い事を嫌う人間にならな
ければなりません。この三つの資格を有する人間であれば、神は決
して滅す必要がないばかりか、来たるべき新世界の有能人(役立つ
人)として優遇される訳であります。しからば来たるべき新世界に
生存して、役に立つ有能人としての三大資格を得る方法があるかと
言うと、世界メシヤ教こそ、その三大資格者を作るべく生まれたも
のであります。



 これから順を追って、神の恩恵を話したいと思います。


 今日広い世の中を見るに、本当に何らの不安もなく安心して日々
を送っている人
殆んどないと言っても過言ではないでしょう。そ
の不安の中で一番先に考えられるのは、何と言っても
人間の病気に
対する苦悩心配
でありましょう。だからこの学びも、この病気に対
する説明が主となるのであります。それで実際に病気の人に対して
浄霊をして効果を確かめながら、支部や本部にお参りになったり、
種々の「御教え」を拝読することによって、少しずつ体得出来るよ
うになります。



 最初に病気の解決から話したいと思いますが、その前に学問につ
いて少し話してみたいと思います。

 学問にも生きた学問死んだ学問とがあります。分り易く言えば
学問のための学問は死んだ学問であり、
学問を実社会に活用するの
が生きた学問
であります。そして今の学問は学校で、教科書を基に
して先生から教えられるのでありますが、そこで教えられる内容は
先哲、学者が研究した結果構成されたものが、その礎となって今日
の学問の形態となったものであります。勿論新発見や新学説が現わ
れては消え、現われては打破されつつその中の価値のある部分のみ
が残って来た事は皆さんの御承知の通りであります。



 その当時は真理として受入れられていたものも、その後に到って
それ以上卓越した新学説、新発見が現われた事によって跡形もなく
消えたものもあり、今もって人類に役立ち、社会の福祉を増進しつ
つあるものもあります。それら一切の価値は「時」が決定してくれ
るものであります。


この意味において現在絶対の真理とし、永久不変なものと確信して
いるもの(現代医学)
でも、それを打破る新学理(メシヤ様の御教え)
が何時どんな人によって発表されるかも分りません。ところがこう
いう事は昔からその例は少くないのでありますが、ともすれば新発
見が現われた場合、その新発見なるものはそれまでの既成学理の型
に当てはまらないどころか、
およそその反対の説が生まれる事があ
ります。だからその価値がある訳でもあります。その価値も古い型
を破る事の大きい程大きいのであります。


このように旧学説が段々影が薄くなって行く事は、新しい学説が生
まれたからであり、今まで真理と思ったのが葬り去られるという事
は、それ以上の真理が生まれたからであります。かくして止りない
文化の進展があるのであります。


病気を治す方法は西洋医学の学理応用以外には他には絶対にないと
言いきる事が出来るでしょうか。
時と共に新たな発明発見がなされ
るように、
医学に対しても新学説が今生まれたとしても不思議はな
はずであります。それ故今医学に対する新学説が生まれたとして
も、それを検討する事が当然であるにもかかわらず、世間は何ら研
究をしないどころか、頭から迷信邪教だ、異端邪説だ、として目を
光らせて来ているのであります。



 メシヤ様は、昭和の初期から医学に対する新学説を唱えられ、そ
れを著書として発刊なさると、たちまち当局の忌諱(きい)に触
れ、三回までも発禁となったのであります。


 その当時メシヤ様は、
『今私が思うままを書いたとしたら、その驚愕と弾圧はどれ程であ
ろうか。ほとんど予想はつかないであろう。しかし一方巷(ちま
た)を見る時、誤れる医学によって重難病に呻吟しつつある憐れな
者が実に多数に上っている。この哀れな人々を私は今思い切って救
ってやる事が出来ない。と言ってジッとしてただ傍観視する訳にも
ゆかない。誠にじれったい気持になる』

とおっしゃられていました。

 しかるに今日の吾々は何という幸福者でしょう。このメシヤ様の
御教えを、一教団が著作権という権利を主張する時代からようやく
開放され、万人誰もがネットを通じて、その真理を広く世間に伝え
る事が出来るようになりました。



 ここでちょっと真理という事について述べさせて戴きます。


 真理というものは簡単なもので、決しで複雑なものではありませ
ん。
複雑なもの程真理から遠ざかったものになるのであります。学
問がなくては分らないと言うのもおかしなもので、真理は誰にでも
分るものでなくではなりません。それ故にメシヤ様の教え即ち真理
は、誰にでも分かりやすく説いておりますので、今までの先入観を
取り払い、
虚心坦懐白紙になって学んでいただければ、理解してい
ただけるものと思います。





                   



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