メシヤ教 岡山支部

B 邪神の正体






信仰の手引き
 はじめに---幸福を願って
第一章          
 メシヤ様の御神格
第二章           メシヤ様の御経綸
第三章           信仰の向上を図るために
第四章           浄化作用と再浄化
第五章           霊的知識を深める
第六章           正神と邪神
 1、正邪の戦い
 2、邪神について
  @ 邪神の目的と狙い
   A 邪神の手口
  B 邪神の正体
 3、悪魔の三巨頭について
 4、マッソンとフリーメーソン
 5、龍神、狐霊、天狗他
  @ 龍神について
  A 稲荷・狐霊について
  B 天狗について
 6、信徒としての姿勢
  @ 邪神への対応
 7、その他

《参考文献》
 参考文献1
 参考文献2
 参考文献3
 参考文献4
 参考文献5





               信 仰 の 手 引 き









       第六章 正 神 と 邪 神




          2、邪神について

B 邪神の正体


 「邪神で一番力のあるのは
         赤龍、黒龍」

「(前略)私を苦しめるのは、邪神の大きな親玉です。処が時期も違つているし、霊界も余程明るくなつている。霊界の中に又霊界があり、その奥の――神道で言う幽玄界ですが、そこは殆んど昼間になつている。その次の霊界が、未だ暗が残つている。今は邪神の何んな強い奴でも私には敵(カナ)わない邪神のうちで一番力のあるのは赤龍、黒龍ですね。(後略)」
                 (御教え集3号 昭和26年10月15日)


「(前略)乙姫の統一した間を「暗の世」と言う。乙姫ともかくのであって、此の乙姫の姿は黒龍である。黒龍は悪龍である。」
  (「第三講座  神界の支配者  盤古神王大自在天」昭和10年8月5日)


「(前略)赤龍サタンである。黒龍強悪最も甚だしい悪龍である。海龍−龍宮の乙姫の事である。」
           (「第四講座  龍神界」昭和10年8月15日)


黒龍は龍宮の乙姫であり、赤龍は「サタンは赤い辰なり」といい、共産主義で、世界の三分の一位握っている。」 
                (「講話集補」年代不明)




 「邪神の本元はサタン(赤い龍)」

「(前略)天照大神は女で、父君が伊都能売尊で、天照天皇の皇后で、天照皇后が天照大神である。天照天皇は或事情で葬むられた。その時伊都能売大神は日本を脱出せられ、印度へ渡られ、観自在となられた。印度の自在天の世を観てる事である。日蓮宗の曼陀羅にあるが、自在天は悪魔に騙され、最初は良かったが、インドは段々悪くなった。その邪神大六天の魔王で、一名帝釈天といふ。帝釈天は邪神の顔をしてゐる。

 支那は盤古神王の系統が統治してゐた。神農ともかく。漢方薬の絵によくある。日本は伊都能売大神であらせられた。
 盤古はよい系統だが、漢方薬を発見して、人間を助けようとした。故に漢方薬は非常に悪い此奥に大変な邪神がゐる此系統は邪神系にやられた

 猶太は未だ言えぬ。各国に邪神の表はれがあり、邪神の本元はサタン(赤い龍)で、大活躍してゐる。共産主義を作った邪神である。サタンの眷族は皆龍で、今龍は大変活躍してゐる。龍は東洋が多かったが、今は外国は赤龍が多い。今度の事件も赤龍が査べてゐる。それを神様が使ってゐる。今日本は狐が多い。狐と龍神が活躍してゐる。(後略)」 
           (「御講話(速記)」昭和25年8月1日)




   「キリストとサタンの因縁」

「聖書に「サタンは赤い龍なり」とあり、悪魔の頭目である。共産主義はサタンである。
 釈迦提婆というように、キリストを始終苦しめてるのがサタンである。パリサイ人も反対派である。
 之は普通の人間がキリスト教を嫌う如く、明主様と、昔からサタンは戦っている。短刀をもって殺しに来た事もあるが、之は頭から顔から全身真赤であった。」
                 (講話集補 年代不明)




  「邪神は何億と居る、
    それで階級が色々ある」

「つまり、邪神側はあの手この手でやつている邪神のうちでも色んな、専門々々がある。智識階級があり、学術専門とか――智能犯的なものですね。そう言う専門が、つまり共産主義を作つたマルクスと言うのであり、そう言う邪神が憑つて書かせた。

 だから一時は理窟がありそうだが、結局は駄目です。それから、戦争専門の奴がある。ヒツトラーとか――色々な戦争で大いに偉くなつて、思いの儘にやろうと言う。そう言つた親玉もある。だから、こう言う邪神のやり口をみると、一番分るのは、残虐性がある。愛がない。自分の出世の為なら人が苦しんでも、命を取つても平気なんです。邪神でないのは、そこに慈悲とか愛がありますから、そこで直ぐ分る。(中略)

邪神は何億と居るんです。それで階級が色々ある。神界――神様の方と大体同じですね。そこで、信者一人々々を引落そうとして狙つている。ですから信者の人でも、一寸考え違いしたり、迷つたり。良いと思つて間違つたりする。大本教のお筆先に「今は悪神がそこら中入りて居り、一寸の隙もないぞよ。何時なんどき悪神に儘にされるか分らないから、気をつけるが上にも気をつけたが良いぞよ」とある。皆んな、信仰にある者は、抜身の中にある様な気持で、一寸の油断も出来ないと言う意味で、中々旨い事を書いている。

処が神様にちやんと手を合わせていると、御守護があり、憑けないで退いて了う。と言う訳だからそこで旨くいくんです。そう言う訳なんです。それですから、色んな宗教――信仰もあるけれども殆んど邪神がやつている。(後略)」
            (御教え集3号  昭和26年10月15日)




 「天魔羅刹、夜叉龍神について」

【問】善言讃詞の中に、天魔羅刹、夜叉龍神と言葉がありますが、如何なる邪神で御座居ましょうか。
【答】仏語で、邪神の種類である。天の悪魔。羅刹はとりまいてる邪神の家来。夜叉女の執着によって悪くなったもの。龍神―悪龍の事。邪神を仏語で総称していったものである。」
               (講話集補 年代不明)


「仏語である。天魔は魔神とか魔王といい、上等の方であり、羅刹は悪鬼羅刹といい、鬼のような悪魔の一種である。夜叉は女の方で、要するに悪魔の形容詞である。」
             (講話集補  S23・12・21)




    「龍神は大変しつこい」

「(前略)しかし邪神の方も、霊界がだんだん明かるくなるに従って勢いが無くなり、だんだん萎びて来ましたが、なにしろ邪神というのはみんな龍です。そういう事をやっているのは大体黒龍です。共産主義の方は赤龍です。それで私の方は金龍です。これは龍同志が闘っているのです。だからしつこいのです。狐なども随分しつこいですが、しかし龍と比べたらまるで違います。よく蛇を殺して、尻尾になっても動いてますが、それと同じで龍というのは実に大変です。」
                  (御教え集17号 S27.12.6)







                                  



inserted by FC2 system